「自分流の写真」を考える

Posted on | 6月 18, 2014 | 2 Comments

この記事は 4分58秒程度で読めます。

IMGP1030

PENTAX K-3 & SMC PENTAX 50mm f1.4

「自分流の写真ってなんだろう?」

「僕は写真で何をしたいのだろうか」

最近ふと考えるのだが、昔はこんな事を思った事もなかった。


 

初めて手にした自分のカメラは、14歳のとき期末試験で学年上位に入ったご褒美として親に買ってもらった「ミノルタα7000」だった。標準ズームと望遠ズームがついた所謂「Wズームキット」だ。とても遅いオートフォーカスだが、ボタンを押すだけで「ジー…ピピッ」と合焦することに衝撃を受けたものだ。街に持ち出して色々なものを撮影した。
このカメラを二年間使い、初めてのアルバイトで稼いだお金でα8700iを購入した。オートフォーカスのスピード、動体予測AFでまた衝撃を受けた。後に純正50mm/1.8を手に入れてからは、開放の明るさとコンパクトさに惹かれ、どこへ行くにもこれ一本となった。

バイクの免許を取って、愛車「ホンダ CB400 Super Four」を購入してからは、資金的な問題からカメラ関係の機材は買えなかったが、α8700iと50mm/1.8の組み合わせで十分だった。全国をツーリングして他愛もない物ばかりを撮影し、思い出を刻み込んでくれた。

撮影スタイルは思いつくまま、目を引いた情景があればなんでも撮っていた。50mm1本なので身体を使ってフレーミングすることを覚えた。広角なんて持っていないので、引けない場面では諦めるか被写体を一部だけ画角に入れてなんとか撮るという感じだった。制限はあるが楽しんで撮影していた。

 

写真を再開して2年半が過ぎた。昔と違って、資金面から機材選択の自由度も上がった。構図や色の勉強もして基礎も頭に入っているし、インターネット時代で他人の写真を見る機会が増え、知識量が段違いに増えた。だけど、撮影スタイルは昔からほとんど変わっていない。

いろいろな方の撮られた写真をみると、作風にしっかりと「その人の色」が出ている。 自分の写真を見てみても気ままに撮影した写真ばかりで「自分の色」はないように思えた。撮影時に完成をイメージして撮るようにはしているが、自分で自信を持って「作品」と呼べる物などはない。「僕は成長していないのか」などと考え、大いに悩んだ時期もあった。

アート指向なアマチュア写真家の方が、同じ場所で同じカットを何度も撮り直した結果できた「作品」は素晴らしいと思う。 毎週通った末に、思い通りの写真を手にできた喜びはひとしおだろう。
でも、僕は意図的に小道具の花を置いてみる、被写体にジャンプさせる、などといった「絵作り」は苦手だし、なんども試したが、「絵作り」を意識すると途端に楽しくなくなり写真が撮れなくなる。

悩んでも答えが出ず、そのうち写真を「作る」事が苦痛になっていた。
息子の成長記録、新しいレンズ評価用の撮影などは今まで通り行っていたが、街を歩いても何かに目が止まり、「撮りたい」と思うことが無くなっていった。楽しんでいるときは何とも思わないのに、カメラの入った通勤カバンがとても重く感じられた。

仕事が忙しく業務に追われる日々が続いたが、ふとした拍子に道ばたにある紫陽花に目が行った。まわりには濃い紫や赤系の花もあり、そんな中で、とても上品な藤色をしたそれは一際目立っていた。僕の記憶にある紫陽花よりもずいぶん淡く、しっとりとした雰囲気で、見ているだけで心が癒されるような気がした。

立ち止まってしばらく眺めたあと、「この情景を残したい」という想いがわき上がってきた。傘を差しながらPENTAX LX+SMC PENTAX28mm/3.5で数カット撮影したのち、PENTAX K-3+SMC PENTAX 50mm/1.4で撮影したものが上にある写真だ。

パソコンに転送してRAW現像を行うと、現場では見えなかったディテールがモニターに映し出される。レンズを通して平面に切り取られた画像は、しっかりと現場で感じた質感や雰囲気を残している。「撮影して良かった」とニンマリすると同時に、今までやってきたように撮影することが「自分流」だと思った。

 

「撮りたいと思ったものを撮る。これだけでいい」

 

こう考えると、胸のモヤモヤがスッと消えていった。
なんの変哲もない紫陽花の写真が、僕には大きな一枚となった。

悩んで写真を撮らないなら何も考えずに撮った方がいい。どんなに忙しくても、OFFの時間に頭の中を仕事で満たすクセは改めないといけない。 撮りたいものがなくなった時こそ、「自分流」の終わりの時なのだから。

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Comments

2 Responses to “「自分流の写真」を考える”

  1. minoru uehara(ariari)
    6月 18th, 2014 @ 10:27 PM

    仰るとおりです。
    撮りたいときに撮りたいように撮るのが一番ですね。
    個人的には単焦点の選び方にその人らしさが出やすいなと思います。
    被写体との距離感(物理的にも精神的にも)をどうするか。
    もちろん撮るものにも因りますが、自分は35フィルム換算、35から50までの間のレンズが一番しっくりきます。
    肉眼のイメージを大きく超えることは普段あまりないのかなとも。
    それがその人らしさなのかもしれませんね。

  2. たけ
    6月 19th, 2014 @ 1:48 AM

    uehara様

    拙記事にコメントありがとうございます。
    なんだか微妙な記事になりましたが、気付きのプロセスを未来の自分へ残すことにしました。

    >個人的には単焦点の選び方にその人らしさが出やすいなと思います。
    確かにありますね。中望遠を上手く使われる方など「いいな」と羨ましく思う事があります。

    とにかく数をこなして自分なりの作風などを見つけられればと思います。

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